例の煩き人は今日も訪ひ来つ、しかも仇ならず意を籠めたりと覚き見舞物など持ちて。はや一時間余を過せども、彼は枕頭に起ちつ、居つして、なかなか帰り行くべくも見えず。貫一は寄付けじとやうに彼方を向きて、覚めながら目を塞ぎていと静に臥したり。附添婆の折から出行きしを候ひて、満枝は椅子を躙り寄せつつ、

「間さん、間さん。貴方、貴方」

と枕の端を指もて音なへど、眠れるにもあらぬ貫一は何の答をも与へず、満枝は起ちてベッドの彼方へ廻り行きて、彼の寐顔を差覗きつ。

「間さん」

猶答へざりけるを、軽く肩の辺を撼せば、貫一はさるをも知らざる為はしかねて、始めて目を開きぬ。彼はかく覚めたれど、満枝はなほ覚めざりし先の可懐しげに差寄りたる態を改めずして、その手を彼の肩に置き、その顔を彼の枕に近けたるまま、

「私貴方に些とお話をして置かなければならない事があるのでございますから、お聞き下さいまし」

「あ、まだ在しつたのですか」

「いつも長居を致して、さぞ御迷惑でございませう」

「…………」

「外でもございませんが……」

彼の隔無く身近に狎るるを可忌しと思へば、貫一はわざと寐返りて、椅子を置きたる方に向直り、

「どうぞ此方へ」

この心を暁れる満枝は、飽くまで憎き事為るよと、持てるハンカチイフにベッドを打ちて、かくまでに遇はれながら、なほこの人を慕はでは已まぬ我身かと、効無くも余に軽く弄ばるるを可愧うて佇みたり。されども貫一は直に席を移さざる満枝の為に、再び言を費さんとも為ざりけり。

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