彼は、いわゆる「月光曲」と呼ばれる作品二十七番の有名なソナータ(一八〇二年)をこの人に捧げることによってこの女性を不滅化した。「僕の生活は今までよりも優しみのあるものになった」とヴェーゲラーに宛てて書いた。「僕はいっそう人々になじむようになった。……一人のなつかしい少女の魅力が、僕をこんなふうに変わらせたのだ。その人は僕を愛しているし、僕もその人を愛している。二年この方はじめての幸福の幾瞬時を僕は持っている[#行右小書き](16[#「16」は縦中横])[#行右小書き終わり]。」ところで彼はこの幸福の幾瞬時に対してやがて辛い代償を支払うことになる。最初からこの恋は彼に、自分の病身の惨めさと、そして愛する人との結婚を不可能にする不安定な生活状態とをますます痛感させた。それにジュリエッタはコケットで幼稚で利己主義であった。彼女は残酷にベートーヴェンを苦しませた。そして一八〇三年の十一月にガルレンベルク伯爵と結婚してしまった[#行右小書き](17[#「17」は縦中横])[#行右小書き終わり]。こんな熱情は魂を蹂躙《じゅうりん》する。ベートーヴェンのばあいのように魂が病気のために弱っているとき、こんな種類の熱情は魂を破壊する危険がある。これは彼の生涯中で、彼がまさに破滅しそうにみえた唯一の瞬間であった。彼は絶望の危機を突破していた。一つの手紙がわれわれにそれを告げている。すなわち『ハイリゲンシュタットの遺書』がそれである。これは彼の二人の弟カルルとヨーハンとに宛てた手紙であって「私の死後に読み、私の意志どおり取り計らってくれ[#行右小書き](18[#「18」は縦中横])[#行右小書き終わり]」という表示が書かれている。これは運命への抵抗とはげしい悲しみとの叫びである。憐愍《れんびん》に胸をつらぬかれることなしには、人はこの叫びを聞き得ない。当時彼は自ら命を絶とうとする危険の淵に臨んでいた。ただ彼の不屈な道徳感だけが彼を引き留めたのである。快癒への最後の望みも消えていた。八王子 歯科 http://kuti.repage.de/
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