お種。御察しいたします。わたしなどは、奥さま方から御覧になれば、はしたない女で御座いますけれど、奥さまの今のお心持ちは、わかりすぎるほどわかつてゐるつもりで御座います。わたくしのやうな真似は、奥さまにはおできにならない、そこがまた、わたくしどもの真似たくも真似られない奥さま方の御立派さで御座います。いえ、ほんとに、今朝、お玄関で、旦那さまをお見送りしながら、わたくしは、なんだか、かう、恐ろしい力にうたれました。それは、旦那さまの、勇ましい御出陣姿を拝見したからばかりでは御座いません。あの時、奥さまは、坊つちやまのおつむにお手をおかけになつてたゞ黙つて、お目をお伏せになりました。坊つちやまが、いつもの通りに、「行つてらつしやい」とおつしやると、奥さまは、急に、坊つちやまをお引寄せになつて、淋しくお笑ひになりました。 夫人。まあ、詳しく見てたのね。 お種。見てをりましたとも……。(間)奥さま、わたくしは、あの時、自分がどんなに見すぼらしい女かといふことがよくわかりました。でも、それは、致し方御座いません。わたくしたちには、かうしなければならないといふことがないんで御座います。 夫人。気楽でいゝわ、その方が……。 http://xn--y8js7au1p.net/
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