ところで、立花伯爵のこの招請に対して、博士は珍しく、たつたひとつ条件をつけた。 「やはり実地の話がいゝと思ひますから。それには私も年を取つたし、一人助手を連れて行きたいと思ふ。若い理学士で分布学を専門にやつてる男です」 今日の講演の大体のプランと、必要な標本の採集は、助手、幾島暁太郎の機敏なお膳立になつたものである。 控室には、ほかに、伯爵の秘書斎木素子も来てゐた。それから、博士に質問があると云つて残つてゐる聴衆の婦人が一人、これはある蘭科の植物の和名を訊きたいといふので、即座に解答が与へられた。 「たしかに宣伝が行きわたつてをりません。それと申しますのが、たゞポスタアを見ましただけでは、なんか非常に専門的な、むづかしいお話のやうにとれますんで、これをひとつ、なんとか……」 粕谷がしきりに弁解をする。 「日曜日にやつたといふことが失敗ぢやないでせうか。なるほど、各ご家庭で、ご主人はおいでになると思ひますが、それだけになほ……」 事務員の一人が意見を述べる。 ヴォラーレ
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