「私は、貴女にそんなことを云わせようとして、お呼びしたわけじゃないんですわ。ただ、お年若な貴女に、ご注意をしたかったまでなんですの……」と、わざと少し声をやわらげて云った。夫人の趣意は、新子を思うさま、やっつけることであり、新子が、今までの家庭教師に比して、ずっと秀れていることを、心の内では認めているだけに、これを機会に追い出そうという肚ではなかった。 しかし、もう新子の心は、定まっていた。 「ご好意はありがとうございます。でも、この先お邪魔致しておりましても、奥さまのご希望どおりになれますかどうですか!」 綾子夫人は、新子の最後の言葉を聞くと、サッと顔色を変えて、肘掛椅子から立ち上ると、 「では、どうぞご自由に。」と切口上だった。 六 新子が出て行くと、夫人は左右の手の中指と母指とを、タッキタッキと交互に鳴らしながら、姿見の前へ歩いて行って、自分の姿や顔をにこやかに眺めながら、香水を耳や喉につけて、心の中で、 (この次は、若い男の家庭教師を雇うことにしよう。女なんか真平だわ)と考えた。 その時、厳格な表情をした準之助氏が、はいって来た。 夫人は、腕かけ椅子に、深々と腰をおろすと、しおらしい表情で良人を見上げた。 「どうしたのだい? 一体、小太郎が綴方の字を間違えて、それで南條先生が……」と、準之助氏のいいかけるのを、夫人は頷きながら、引き取って、 「小太郎が、貴君に何か申し上げましたの? ほんとに、何でもないつまらない、ことなんですの。」 自動車保険 ランキング
|