ことに彼は今日のいわゆる社会事業に努力し、橋をかける、道を繕う、嶮岨を平らにする、井戸を掘る、これらはみなその追従の信徒を使役して、事に従わしめたのであった。その追従の法師(聖)には、道に落ちた紙屑を拾って、漉き直して写経の料紙を作る、縄切れを拾って、土に雑ぜて古堂の壁を修繕する、瓜の喰いさしを拾って、獄舎の囚人に与えるなど、種々の社会奉仕的事業、慈善的事業をなさしめ、またしばしば墓所を見まわって、三界万霊に回向する。いずれ葬式の世話をする三昧聖の徒であったと解せられる。「三国長吏由来記」と称する弾左衛門家の記録によると、空也上人が牢舎の囚人二十一人を申し受けて、七乞食、八乞食、六道の者というものを仕分け、掟を長吏に預けて、国々に置いたとある。いわゆる七乞食とは、猿引・編木師・恵美須・辻乞・乞胸・弦指・盲目で、また八乞食とは、薦僧・鉢坊・絵説・鉦打・舞々・猿牽・山守・渡守を云い、次に六道の者というは、弓造・土器作・石切・筆結・墨師・獅子舞だとあって、みないわゆる長吏弾左衛門支配下の者どもであった。けだしこれらの「下り者」と云われた職人・芸人等が、空也上人を祖と仰いでいた事を伝えたので、空也は一方に各種の非人法師の救済者であると同時に、一方ではいわゆる免囚保護の事を行って、それぞれに生活の道を授けたのであった。薬学生の質問掲示板 定期試験・進級・CBT・薬剤師国家試験対策
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