然れど、大佐よ、吾等は今の塲合に於て、九死に一生をも得難き事をば疾くに覺悟せり。今、海底戰鬪艇の成敗を一身に擔へる貴下の身命は、吾等の身命に比して、幾十倍日本帝國の爲に愛惜すべきものなり。故に貴下が、吾等を救はんとて、強いて危險を冐すが如きは、吾等の深く憂ふる處なり。盖し、日本の臣民は如何なる塲合に於ても、其身を思ふよりも、國を思ふ事大なれば、若し救ふに良策なくば、乞ふ、大義の爲に吾等を見捨て玉へ、吾等も亦た運命に安んじて、骨を此山中に埋めん。 と、猶ほ數行を書き加へて 若し、吾等が不幸にして、此深山の露と消えもせば、他日貴下が、海底戰鬪艇の壯麗なる甲板より、仰いで芙蓉の峯を望み見ん時、乞ふ吾等五名の者に代りて、只一聲、大日本帝國の萬歳を唱へよ、吾等も亦た幽冥より其聲に和せん。 斯く認め終りし書面をば幾重にも疊み込み、稻妻の首輪に堅く結び着けた。犬は仰いで私の顏を眺めたので、私は其眞黒なる毛をば撫でながら、人間に物語るが如く 『これ、稻妻、汝は世に勝れたる犬だから、總ての事情がよく分つて居るだらう、よく忍耐して、大佐の家に達して呉れ。』と、いふと、稻妻は恰も私の言を解し得た如く、凛然として尾を掉つた。日出雄少年は暗涙を浮べて 『私は本當にお前と別れるのが、悲しいよ、けれど運命だから仕方が無いのだよ、それでねえ、お前が幸に、大佐の叔父さんの家に安着して、萬一にも私共の生命が助かつた事なら、再び、あの景色のよい海岸の砂の上で、面白く遊ぶ事が出來ませう。若し運惡く、お前が途中で死んでしまつたなら、私も追付け彼世で、お前の顏を見るやうになりませうよ。』と、云ふのは、既にそれと覺悟を定めて居るのであらう、流石に猛き武村兵曹も聲を曇らせ 『あゝ、皆私が惡いのだ、私の失策つたばかりに、一同に此樣な憂目を見せる事か。』と深く嘆息したが、忽ち心を取直した樣子で 『いや/\、女見たやうな事は言ふまい。』と態と元氣よく、犬の首輪をポンと叩いて 『これ、稻妻、しつかりやれよ。』と屹と其面を見詰めた。 カンボジア ビザ 過ちは好む所にあり ? .page
|