「お父さん、おつゆがさめますよ」 と、母親の弓が、急きたてた。 「あゝあ、もうおなかがいつぱいになつちやつた。時に、等志兄さん、お仕事の口、みつかつた?」 真喜は、つと、起ちあがりながら、そう言つて、返事もきかず、行つてしまつた。 父は、さつきからの様子でみると、南条己未男の申込みをむげに、一蹴する気持はないらしく、真喜の無関心は、たゞこの年頃の娘の羞かみ、乃至、見栄にすぎぬと思いこんでいるのである。 「お父さんは、あんまり、むきにおなりになるから、かえつて、真喜がお茶らかしてしまうんですよ。もうちつと、ほうつたらかしといて、自分で考えさしたらいゝんですよ」 と、母が、やつと、口を挟む。 「南条さんが、今どき、変に、固苦しいのよ。なにもわざわざ、叔父さんまで連れて来て、表玄関から申込むつていう手はないわ」 多津が、ずばりと、真理らしい一言をもらした。 「それに、なんて言つても、年が違いすぎやしないかねえ。十九に三十二じや、お前、真喜の方が可哀そうだよ」 母の、この意見に、多津は、おかしいほど高飛車な調子で、 「あら、そんなことないわ。ちかごろの娘は、わりに年とつた男に興味をもつのよ。結婚の相手は、ことに、十以上違わなければつていうのが、常識になつてるくらいよ」 「ほんとかい、それや? 驚いた世の中だよ。そんなら、兄さんのお嫁さんも、十八ぐらいの小娘でなけれやつていうわけだね」 「それが、年を取るほど開きが大きくなるんですよ。女も三十近くなると、もう、六十以上の男でなけれや、相手にしないんですつて……」 と、京野等志は、母をからかうように、戯談を言つた。 イククル・イクヨクルヨ
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