豹一は暑いというのを理由に、上衣を脱ぎ、往復にも肩に担いだ。それではじめて新調の洋服を着ているという気恥しさから免れた。が、不器用な彼はネクタイが上手に結べなかったので、道を歩きながらでもしょっちゅうネクタイの結び目へ手をやっていた。だから、誰も彼を一眼見れば、彼がお洒落男か、それともはじめて洋服を着た男であるかのどちらかに違いないと、簡単に見抜けたわけである。 (はじめて背広を着る気持は、葬式の日に散髪するようなものだ) 当分の間、彼はこんな風に洋服に拘泥っていた。電車の中でも、道を歩いていても、人の洋服ばかりに気をとられていた。つまり、自分より年をとった人ばかり、それも大抵お勤人ばかりを注視していたのである。 (あの会社員らしい男は、夜寝る時ズボンを蒲団の下へ敷かないらしい)等々。自然、豹一の感情はだんだん分別臭くお勤人じみて来た。帽子屋の飾窓の前に立って、麦藁帽など物色しないのが、まだしもだと言えるぐらいだった。 日が暮れて、とぼとぼと帰る途、下を向いて歩く習慣がついた。 「心身共に疲労した。心身共に疲労した」豹一はそんな言葉をぶつぶつと呟きながら歩いた。三高にいた時、漢文の教師から「君は心身共に堕落している」と言われたことがあった。それを、なんということもなしに思い出していた。その時教室の中でケッケッと笑っていた。そんな元気はいまは無かった。 激安布団セット ふとんのマスダ ( 和風モダンな高級綿布団をオーダーメイドで製造直売 ...
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