幡江はそれが終ると、扇風器の上にある、簀子の上で仰向けになって、きっかけを、下の道具方に与える。と今度は、調帯が幡江を載せたまませり上って行って、その儘前方の、切り穴から奈落に落し込むのである。  所が、血の滴りは、調帯の恰度中央辺から始まっていて、最初の切り穴からそこまでの間にはなかった。それを見ても、幡江が刺された場所は明白であり、その高さも、六尺近いものなら、し了せるだろうと思われた。けれども、兇器は何処を探しても見当らず、血痕も、調帯の後半以外には皆無だった。尚、当時奈落には、二人の道具方がいたのだったけれども、合憎二人とも、開閉室に入っていたので、その隙に何者が入り来ったものか、知る由もなかった。  然し、調査は簡単に終って、三人は法水の楽屋に引き上げた。 「とにかく、犯人が未知のものでないだけでも、助かると思うよ」  検事は椅子にかけると、すぐさま法水を振り向いて云った。 「つまり、この事件の謎と云うのは、却って犯罪現象にはない。むしろ、風間の心理の方に、あるのじゃないかね。真先に、殺すに事かき自分の愛児を殺すなんて、どうも風間の精神は、常態でないような気がする」 「うん」熊城は、簡単に合槌を打った。  が、法水は椅子から腰をずらして、むしろ驚いたように、相手を瞶めはじめた。 「なるほど支倉君、君と云う法律の化物には、韻文の必要はないだろう。然し、さっきの告白悲劇はどうするんだい。あの悲痛極まる黙劇の中で、幡江が父に、何を訴えたかと思うね」 コンタクトレンズ 与えよ、さらば与えられん

   


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