私がこの島に来たのは未だ八月の半ば頃でありましたので、例の井師の句のなかにある「氷水でお別れ」をして京都を十時半の夜行でズーとやつて来たのです。ですから非常に暑くて、浴衣一枚すらも身体につけて居られない位でした。島は到る処これ蝉声※々。しかし季節といふものは争はれないもので、それからだんだんと虫は啼き出す、月の色は冴えて来る、朝晩の風は白くなつて来ると云ふわけで、庵も追々と、正に秋の南郷庵らしくなつて参りましたのです。  一体、庵のぐるりの庭で、草花とでも云へるものは、それは無暗と生えて居る実生の鶏頭、美しい葉鶏頭が二本、未だ咲きませぬが、之も十数株の菊、それと、白の一重の木槿が二本……裏と表とに一本宛あります。二本共高さ三四尺位で、各々十数個の花をつけて居ります。そして、朝風に開き、夕靄に蕾んで、長い間私をなぐさめてくれて居ります。まあこれ位なものでありませう。あとは全部雑草、殊に西側山よりの方は、名も知れぬ色々の草が一面に山へかけて生ひ繁つて居ります。然し、よく注意して見ると、これ等雑草の中にもホチホチ小さな空色の花が無数に咲いて居ります。島の人は之を、かまぐさ、とか、とりぐさ、とか呼んで居ります。丁度小鳥の頭のやうな恰好をして居るからださうです。紺碧の空色の小さい花びらをたつた二まい宛開いたまんま、数知れず、黙りこくつて咲いて居ます。私たちも草花であります、よく見て下さい――と云つた風に。フェアリーファンタジア [bakudan.net] 二足の草鞋を履く

   


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