が、なにはともあれ、彼女は、今夜の事件を、それだけとしては、そんなに深刻に考へたくなかつた。まして、子供がこれきりどうかなつてしまふなどとは夢にも考へてゐない。だから、彼女の胸が切なさにをののいてゐるとしたら、それはむしろ、この夜更に、時間のなかをさ迷ひ歩く貫太の姿を想像することからであつた。  そこで彼女はまた思ひかへすのである。  貫太はひとりぼつちではない。加寿子と世津子とが、きつと手を引いてくれてゐる、と。  そんなら、加寿子や世津子が、どうして、貫太をなだめて早く家へ連れて帰らうとしないのか? 今日は、久々で彼女の父親が旅から戻つて来た日ではないか!  すると、つい二三日前、姉の加寿子が初瀬の耳に囁いた、穏かならぬ言葉が気になりだす―― 「今うちに来てる笠間先生ね、あたしたちと仲好しになれたら、あたしたちのお母さまになるんですつて……。でも、もうすつかり、そのつもりよ。つまんないわ」  初瀬は、単純なやうで何ひとつ素通りのできない子供の世界をおそろしいものに思つた。  ふと気がつくと、線路の上の青い信号燈が霧雨にけぶつてゐる。 ヴォラーレ

   


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